オカルト波ℙ

浅はかな妄想探訪記

      浅はかな妄想探訪記

正月という重労働

すぐに忘れちゃうから、ああ、あの頃こんなことが…という振り返りのために、日記というか、思いがオーバーフローした分をローカルに書いている。家族つづきで、不穏でもない事。そんな日記的なもの。結局良かれ悪かれ、学べばいいんだろうね、人生。

正月という重労働

いつもぼけかすに書いていた人を、今日は心底気の毒に思った。子供がいないのは寂しいものだというのも居ない人の思い込みなのだろうな。孫達が子を連れ伴侶を連れて続々とまばらに帰ってくる。腹を空かせて。いや、空かせているのかどうかは定かではない。90が近い、独り暮らしのおばあちゃん。エレベーターのない中層マンションに住んでいる。初のひ孫ができたときは、それはそれは、喜んでいた。孫たち兄弟も溺愛状態。子のいないoléにはこれ見よがしにも思えることもあった。しかし、それは、子の苦労がある人の気持ちの裏返しだったのかもしれない。子供がいないあんたは楽でいいわね!と、曲がってしまったのかもしれない。今日、わかったのは、何も嫌味を言いたいわけではない。本当にわかって欲しいのは、苦労がある、ということなのだろうなと。

今日、ふと思った。。

おばあちゃんは、ひ孫の顔を見せれば喜んでくれる。
おばあちゃんのお料理が食べたいと言えば喜んでくれる。

孫たちはどうやらこう思っているように見える。何かしてあげるのではなく、してもらう、それでおばあちゃんは元気にもなる。そして、ひ孫という禁じ手を使う。

子供も赤ちゃんの頃は可愛いもんだ。どんどんと言葉を覚え、幼稚園で社会性を身につけ始め、小学校に上がって知識をつけていくと、おばあちゃんに興味がなくなる。正直子供からすれば、ただの年寄りかもしれない。あれだけ可愛がってもらったのに、もう、覚えていやしない。帰ってきて、自分の母親が祖母にせがんでつくらせた料理をなんとも思わず、黙って食べたり食べなかったり。

それなのに、孫は、おばあちゃんのためだと思って、いろいろやらせようとする。写真を送れば喜んでもらえると思っている。顔を見せればいいと思っている。帰ってきて、一緒に作ろう!とは言わない。子供がいて大変だから。おばーちゃーん。ご飯作って〜〜〜。

こうして、マンションの中層階から、重い身体を手すりで支えながら降りていく。タクシーに乗り買い出しに行く。お寿司が食べたいって。おばあちゃんのあのちらし寿司。美味しいんだよな。持って帰るから作っておいてって。たけのこに蓮根、鞘遠藤にごぼう、にんじん、かまぼこ…。あ、錦糸卵も…。

おばあちゃんは、一人で頑張る。ああ、あの子達が帰ってくる、あの子達が…

おばーちゃーん♫

孫娘が帰ってきた。旦那と子供を連れて。下の子はコロナ禍で生まれたから、出会うのは今回が初めて。ひ孫からしたら、おばあちゃんは知らない人。おばあちゃん?あまり興味もなく、ただただ暴れ回る。あれだけ可愛がった上の子はもう、興味がない。自分の娘の孫だといっても、懐かない子が可愛いわけがない。あれだけ可愛かった孫娘ももう…

まあ、いいわ。とにかく、この子達が、無事帰ってくれれば。でも、もう、帰ってこなくてもいい。
そんなふうに思ったんじゃないかと、今日は思えた。

いつもは大嫌いにしか思わなかった人を気の毒に思った。孫たちが帰った後、思いもよらない言葉が口をついて出た「大変だったでしょう?」。
おばあちゃんは、差し出してもいないoléの手を握った。
やっと休める。
ゆっくりしてください。

ケンケンしていた二人の間が笑顔で結ばれた。
分かり合えた笑顔。労りの笑顔。

分かり合えた瞬間、生まれたものがあった。